「1999年の夏休み」写真集U(真夜中の電話〜星空)
真夜中に薫が電話をしている。 「母さん、僕は僕の時計を他の奴らより進めて、 早く大人になりたいんだ。それでね、 母さんの時計は一秒も動かないように止めて いまいたい。母さんは眠り姫のように眠って、 僕が口づけをすると、ようやく目をさますんだ・・・」 薫の電話をこっそり盗み聞く直人。 「薫の声しか、聞えてこない・・・?」 薫が、少年たちの時計の針を 狂わせてゆく・・・・。 |
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森の中で眠っている和彦。 則夫が和彦の本を見てページをめくる。 「マザー・グース。和彦、こんなの読んでるんだ」 本から何かが落ちる。 「手紙・・・・?」 こっそりと中を覗くと、それは、悠が和彦に宛てた 七通のうちの、二通目の手紙だった。 「心の中だけで好きでいます・・・、これ、悠の・・・・!」 則夫の中で、悠の言葉が蘇る。 「則夫、君が助けを呼んだら、僕はいつだって 君のところに行くよ。だけど、僕が死んでしまったら 君の声は届かないかもしれない・・・。 体という楔が消えたら、僕の心はきっと いつも彼のそばにいるんだ・・・」 |
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目覚める和彦。 則夫が和彦を責める。 「ねえ、どうして悠を死なせたの!」 「僕は、何もしていないよ・・・・」 「和彦はずるい!和彦は悠がいなくなっても 一人ぼっちにはならない・・・。でも僕は一人ぼっちだ。 僕を友達だって言ってくれたのは、悠だけだったんだ」 「則夫・・・」 則夫が去り、和彦は悠の手紙を見つめる・・・・。 |
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薫が現れる。 「ねえ、これ借りてもいい?」 「よかったらあげるよ」 マザーグースの本を薫に譲る和彦。 薫は問う。 「どうして君は卵が嫌いなの?」 「さあ・・・覚えていない。だけど、好きになれないんだ」 薫が言う。 「卵は世界だ・・・」 「悠が言い遺した言葉だ」 「ふうん。でも、僕はジュリアン・ソレルのほうが 好きだな。青い種子は太陽の中にある!てやつ。」 「君にとてもよく似あう言葉だね。 君はやっぱり、悠じゃない・・・・」 微笑みを残して去る和彦。 |
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「なんだ、また泣いてるのか」 則夫を見て直人が言う。 則夫がつぶやく。 「僕は薫は悠の生まれ変わりなんだ、って思ってた。 でも、やっぱり薫は、悠とは違うのかな・・・」 直人が、ぽつりとつぶやく。 「僕は、疑っている・・・」 「何を?」 則夫には、意味はわからない・・・・。 |
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蝶を採る薫と則夫。 「やった!」 捕まえてビンにいれると、蝶は死んでしまう。 薫が屈託無く言う。 「そりゃそうさ。酢酸エチールが入ってるんだもん!」 「君は悠じゃない!悠は優しかったよ! そんなこと、出来なかった!」 走り去る則夫。 「だって、悠じゃないって言ったろ・・・」 と、蝶が生き返る。 追いかける薫。 |
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追いかけた先には和彦がいた。 和彦の本に蝶が止まり、和彦は蝶をつぶしてしまう。 「こんな風に、ずたずたにしてしまった生き物に 同情はないの!?」 「僕は昆虫があまり好きじゃないし、 この世から絶滅してもたぶんなんとも思わないよ」 「悠に対してもそうだったんだろ!」 「薫、君は何を知っているんだ」 |
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「君は皆に愛されながら、誰も受け入れず、心に 鎧を着ている。それは何故?何のため?」 「僕は弱虫なんだ。そして臆病なんだ。 でも、僕はそうやって生きてきた。 自分だけを相手に、なんとかやってきたんだよ!」 「・・・だから君は悠を憎んでいるんだね・・・・」 激しく言い合う和彦と薫。 次第に薫と悠がリンクしていく。 「僕はなんだか、悠が他人だとは 思えなくなってきたんだ。 僕の耳元で、悠がささやいてる・・」 |
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「消えろ、消えてくれ、悠!!」 和彦が薫の中から悠を殺そうと掴みかかる。 「薫の中から離れろ!悠!」 「悠はもういないんだよ!悠はもう死んでしまって、 いくら会いたくてももう会えないんだよ!」 その様子を物陰から覗う直人。 |
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和彦を突き飛ばす薫。 自分の過去を語りだす。 「僕は、自分で自分の首を締めたことがある・・・ 僕だってわかってるんだ!愛したからって 愛して貰える訳じゃないって・・・。でも、 僕は苦しい。寂しくて苦しくて壊れそうだよ・・・・」 再婚してしまった母親への、深い愛。 「和彦、君は寂しくないの。たった一人で 生きていて・・・」 「わからない・・・・でも、君の悲しそうな顔を 見ているのがなんだか辛い・・・・」 和彦が変化してゆく。 |
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直人がつぶやく。 「なぜ殺さない。そいつは、悠だ・・・・・」 |
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薫がマザーグースを読んでいる。 直人が話しかける。 「好きな歌でもあるの?」 「あるよ。蜘蛛が甘い言葉で蝿を誘うんだ。 でも蝿は断る。だって、二度と帰れなく なってしまうからね」 「君が蜘蛛の時、蝿は誰?」 「君の知らない人だよ」 「誰の為の指輪?」 「君には関係ないよ」 「無論そうさ」 「ねえ直人、僕を好き?」 「嫌いだよ」 直人と薫、二人の少年がお互いを探り合う。 |
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3人の環からはぐれ、ひとりぼっちの則夫。 一人、人形遊びをしている。 「悠がいなくなって、薫が現れた。 これは、仲間はずれの僕・・・・・ 優しくしてくれたのは、悠だけ。 でも悠は・・・ 死んでしまった」 |
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薫が真夜中に寮を出て行く。 母親が死んだ、という連絡を受けて・・・。 |
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翌朝。 薫だけでなく、和彦もいなくなっている。 「和彦も薫を追いかけて今朝、 列車に乗ってしまった」 直人の話に疑いを持つ則夫。 「薫を追い出したかったから、母さんが死んだ なんて嘘をついたんじゃないの!?」 「追い出したいのは、お前だよ!」 「なぜ・・・」 「愛されない愛されないって、いつも不満顔で おねだりばかりしてるからさ。・・・うっとおしいよ!」 直人の感情が則夫にぶつかる。 |
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母親のアトリエで泣く薫。 和彦が迎えに現れる。 「君のことが気になって・・・・。迎えにきたんだよ」 「好きだよ。同情されるのって」 「話して、泣いて、母さんのことを早く思い出に してしまうんだ」 |
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和彦にすがりつく薫。 しかし、その視線は冷たく光る・・・。 「和彦、君の卵は、壊れた・・・・」 |
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則夫の想いが交錯する。 「僕は知っている。 砕け散った卵のかけらを集めても、 二度と元には戻らない。 壊れてしまった時計の針は、二度と時間を 刻まない・・・・・・・」 |
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翌朝。 和彦と薫が帰ると、直人が外でうなだれている。 「直人、どうしたの!?」 「則夫が、いなくなってしまった・・・・」 「さがしにいかなきゃ!」 和彦が先頭に立ち、則夫を捜しに行く。 |
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森の中で見つかった則夫。 傷ついた動物を見て、自分の姿を重ねている。 「こいつは、僕みたいだったんだもの。 仲間外れで、置いてきぼりだったんだもの・・・」 「則夫は、仲間はずれなんかじゃないよ」 「和彦、なんだかやさしくなったね」 4人の仲が柔らかくなっていく。 |
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則夫が見つけた場所で星を見る4人。 「ね、すごいでしょう!?」 「すごい!」 薫が和彦を誘う。 「ねえ、こっちもすごいよ!」 二人の手がしっかりと握られている。 直人がそれを冷たく、滾った視線で追う。 |
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「もうすぐ、夏が終わって、秋が終わって、冬。 冬の終わりになれば、和彦も直人も薫もいなく なってしまう。卒業して、寮を出て行ってしまう。 来年の夏、僕は一人でここにいるんだ・・・・」 則夫が星空を見つめながら 思いを馳せる。 |